ロンドンのカティ・サーク号が不審火で全焼したらしい
ロンドン名所・帆船「カティ・サーク号」出火、大きな被害
【ロンドン=本間圭一】世界標準時を示す天文台が置かれるロンドン郊外グリニッジで21日早朝(日本時間同日昼)、観光名所となっている19世紀の快速帆船「カティ・サーク号」から出火、大きな被害が出た。同船は、中国の茶などを英国に運んだ三本マストの大型帆船で、1869年に建造され、大英帝国の海運力を象徴する存在だった。1957年からグリニッジのテムズ河畔で公開。現存する最古の快速帆船の一つとして人気は高く、これまで訪れた見学者は約1500万人に上る。最近は、2500万ポンド(約60億円)を投じ、修理が行われていた。出火元や原因などは不明だが、不審火の可能性も指摘されている。(2007年5月21日21時37分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070521i512.htm?from=main5
なにー! 絶対いちどは見てみたいと思っていたので残念だ。カティサーク(Cutty Sark)号とその仲間の何隻かの船は、十九世紀の阿片戦争の後、東インド会社の独占貿易がおわったときに気鋭のtea clipper(お茶をはこぶ細身の快速帆船)として造船され、それまで片道二年ぐらいかかっていた中国英国間の航路が、彼女らの能力によってわずか六分の一の四ヶ月ぐらいで来られるようになったんである。そしてスエズ運河が開通するまでのわずかの間、ティークリッパー仲間であったサーモピレイ(Thermopylae)号とかといかに早くロンドンに紅茶を持ってこられるかを競ったのだ。ペリー提督の黒船艦隊をみてもわかるとおり、このころはすでに長期航海用には蒸気船が主流になっていたんだけど、とちゅうで寄航して燃料とかを積まなきゃならない蒸気動力の船に対して、帆船はノンストップで中国から英国まで行けたので、航期をすごく短縮できた。大英帝国ロマンだー。この小さくて軽やかな帆船たちがあと三十年早くあれば、清英間の貿易収支のバランスもそんなにおかしくならず、阿片貿易もなかったかもしれないなぁ、とか思った(めちゃくちゃな見解)。そんなカティサークも最近はテムズ河でちょっと前の氷川丸のように観光用に繋留されていたらしいんだけど、それが燃えてしまったんだそうだ。オフィシャルサイト(http://www.cuttysark.org.uk/)によれば、復旧にむけて募金しているらしい。でも、まるまる作りなおしだよね。やっぱり実際に使われていたものを見られるのと再現したものではいろいろ違うので、もったいないことをしたなぁと思う。