ロイエンタール提督はなぜ枕にかなわないのか
梅雨もおわりなのか、昼間は豪雨とともに雷が鳴っていた。
雷をきらう人は多い。田中芳樹氏のSF小説『銀河英雄伝説』には、ロイエンタール提督という独身で色男の軍人が出てくるが、彼は同作の策謀篇第六章において、ひとつ年下の親友で愛妻家の同僚ミッターマイヤー提督に以下のような疑問を呈している。
ロイエンタールにもおかしいところがあり、
「女ってやつは、雷が鳴ったり風が荒れたりしたとき、なんだって枕に抱きついたりするんだ?」
かつて、真剣な表情で問うたことがある。ミッターマイヤーならずとも返答に窮するところであっhaた。
「そりゃ怖かったからだろう」
そう言うしかないのだが、ロイエンタールは納得しない。
「だったらおれに抱きつけばよかろうに、どうして枕に抱きつく。枕が助けてくれると思っているわけか、あれは?」
そのような現象に合理的な説明をもとめても無益であろうのに、用兵と同様、金銀妖瞳の青年提督は合理性に固執するのである。
「女とはそういうものさ。なぜか、などと訊ねても無益だ、本人にもわかっていなんだから」
ミッターマイヤーはねじ伏せた。えらそうなことを言っているようだが、知っている女の数からいえば、彼は僚友の足もとにもとどきはしない。ただ、彼には、結婚して家庭をもっているという実績があるのだが、そのときのロイエンタールは既婚者の権威などを認めなかった。
「えらそうなことを言うな。お前がおれ以上に女を知っているわけがない」
このあたりから気圧が低下しはじめるのだ。
「おれはエヴァンゼリンを知っている。エヴァンゼリンは女だ」
「女房なんてものは女のうちにはいらん」
「どうしてそんなことがお前にわかる」
黒ビールのジョッキをおくと、ロイエンタールは声を低めた。
「なにかというとエヴァンゼリン、エヴァンゼリンだ。ひとりの女に縛られるのが、そんなに楽しいか。自分のほうから門を狭くしてなにがおもしろいのやら、気が知れんぜ」
どう考えても、それは、”帝国軍の双璧”などと謳われる名将たちの会話としては、いささか威厳を欠いていた、と言わざるをえない。あげくは殴りあいになったようである。ようである、というのは当人たちの記憶が欠落しており、目撃者も口を緘し、翌日になって身体の各処が痛む理由を自分たちで推理するしかなかったからだ……。
せっかくなので、このロイエンタールの疑問について、代わって考えてみようw。
なぜ雷や強風のときに女性たちは、枕(またはロイエンタール)に抱きつくのだろうか? それはおそらくミッターマイヤーの推察どおり、雷や強風が「怖かったから」であろう。
ではなぜ女性たちは雷や強風を恐れるのか? 以下に、幾つかの原因が推測される。
- 雷や強風の音がきらい、こわい
- 稲妻がきらい、こわい
- 強風によって時にもたらされる被害がきらい、こわい
- 落雷によって時にもたらされる被害がきらい、こわい
この四点が、女性たちに雷や強風を恐れさせる主な要素であると考えられよう。
つぎに、ロイエンタールと枕の必要なデータを比較してみる。
ロイエンタール
- 名:オスカー・フォン・ロイエンタール(Oskar von Reuenthal)
- 身長184cm、男性、軍人。銀河帝国暦458年うまれ、有能かつ屈強な銀河帝国軍提督、色男
- 年齢:上記の会話からはミッターマイヤーがすでに結婚していることがわかるが、彼がエヴァンゼリン嬢と七年の交際をへて結婚したのは二十四歳のときらしいので、このとき一歳年上のロイエンタールは少なくとも二十五歳以上である。また、すでに彼らが「帝国軍の双璧」の呼称をえており、かつ「神々の黄昏」作戦(帝国暦489年8月〜翌5月)よりも以前の逸話なので、三十歳以下でもあることが分かる。つまり、この会話をしたときのロイエンタールの年齢は二十代後半と推測される。
枕
- 名:枕(das Kopfkissen)
- 寝具。色や形、大きさはまちまちだが、ここでは女性が抱きつけるぐらい
- 羽根や綿などいろいろな材質があるが、そば殻ではないんじゃないか。なんとなくw。
では、なぜ女性たちは雷や強風の際に、この両者をしてロイエンタールではなく枕に抱きつくほうを選ぶのだろうか。先述の「雷や強風のこわい四要素」について、ロイエンタールと枕に抱きついた場合、それぞれにどういった効果があるのかを考えてみた。
以上のことから、女性たちが雷や強風の恐怖からのがれる手段について、ロイエンタールは強風に対してのみ、重さの点において枕よりも有利であることがわかった。また、稲妻については、枕とロイエンタールのどちらに抱きついても同等に近い効果が得られるかもしれない。しかし雷鳴に対しては、ロイエンタール自身の能動的な行動を期待しない限りは、明らかに枕がロイエンタールよりも優位である。また落雷に対しても、助けを得るためにはロイエンタールの能動性を期待する必要があるので、女性たちが「落雷の際、ロイエンタールは身を挺して自分を守ろうとしてくれる」という確信をもたない場合は、たとえ両者が落雷の前には同等にほぼ無力であるとしても、彼女らは枕に抱きついてみたほうが、いくらかマシな結果を得られるかもしれないのである。
結論として、雷や強風をおそれる女性たちがロイエンタールよりも枕に抱きつくのは、ロイエンタールよりも枕のほうがより自身の安全につながるという、無意識的にせよ瞬時におこなわれた、合理的な根拠にもとづく判断があってのことであると思われるw。
ただしエヴァンゼリン・ミッターマイヤー夫人の場合には、少し事情が異なるであろう。彼女は、自身がもし愛妻家で知られる夫ヴォルフガング・ミッターマイヤー提督に荒天に対する恐怖を訴えれば、彼は必ず彼女の耳をふさいでくれ、あるいは落雷の際には彼女を身を挺して守るであろうことが確信できる立場にある。また、ミッターマイヤー提督は身長172cmで、同作の男性としては小柄とされるが、彼もまた若く屈強な軍人であるので、ロイエンタールよりは軽いであろうが、強風に対する重りとしては充分な体重があると思われる。よってミッターマイヤー夫人にとっては、雷や強風の恐怖からのがれる手段の有効性は「夫>枕」となるかもしれない。
ロイエンタールも色男だが紳士で、女性をめぐって複数名の同僚から決闘を申し込まれ、結果として勝ったものの降格処分をうけたこともあると描かれているので、たぶん99.99……%は女性を助けるであろうと予想される。しかしこの9が幾つならんだところで、ニヒルで相反する多面性をもった色男として描かれるロイエンタールに100%の信頼をあずけられ、「ロイエンタール>枕」を確信できる女性はいなかったんであろうw。
つまり、ロイエンタール提督が枕を超えるには、彼がもっと女性たちから信用されるようになればよいのである。
がんばれロイエンタールw。