コロラドの人は松井稼頭央を十年たっても忘れないでいてくれるだろうな

 ワールドシリーズには、ア・リーグからボストン・レッドソックスナ・リーグからコロラド・ロッキーズが出られることになったらしい。レッドソックスには松坂と岡島、ロッキーズには西武の松井がいる。どっちもがんばってほしいけど、ここんとこのロッキーズはなんだかものすごい。直近22戦21勝という記録は、日本でも米国でもほかにあるんだろうか?
 ロッキーズというのは牛島さんが拾ってくるまえの冴えないクルーンがいたところで、今年の前半まではいつものベイ並みに弱いチームだったのが、突如勢いにのった結果がこれなんだから驚くべきだ。球団立ち上げ以来15年も碌に勝てなかったチームが全米一とかになったら、コロラドの人は死ぬほど大喜びするとともに、十年たっても松井稼頭央のことを忘れないでいてくれるんじゃないかと思う。
 レッドソックスは強い球団だから、たとえ今年全米一になっても十年たったら、ボストンの人は「2007年? あの年はええと、リーグ優勝はしたんだっけ? ワールドシリーズは?」みたいに忘れてしまって、松坂も岡島も「ああ、いたいたそんな外人」みたいに記憶が薄れてしまうだろう。でも、弱い球団がたまに優勝したら、十年たってもその年のことを地元ファンはまるで昨日のことのように話すし、彼らは優勝メンバーの活躍をずっと鮮やかに覚えている。優勝ナインは、彼らの大切なヒーローになるからだ。
98年日本シリーズ優勝京急カードが未だに取ってある
 じっさいハマスタでは、98年のベイ日本一からもうすぐ十年になる今年でも、降雨試合中断のときに応援団が再開をまちながら演奏するのは石井→波留→尚典→ローズ→駒田→佐伯→進藤→谷繁→佐々木の98年優勝ナイン応援歌メドレーで、もういない選手が半分以上になったいまでも、みんなそれを大喜びで歌う。そのときずぶ濡れになりながら歌う視線の先で灰色の雨にかすむ無人のグラウンドに、しかしファンには歓声をあびる98年優勝ナインの大活躍がみえているのだ。そしていくら石井琢朗鈴木尚典が年をとって成績がおとろえ、オジサンになったと理屈ではわかっていても、ひとたび彼らがグラウンドにたてば、優勝した十年前の若々しい選手にみえてしまい、スーパープレイを当然のごとく期待してしまう。それができなかったら「年とったなあ」とその場では納得しても、また翌日スタジアムにくれば、尚典はすっかり98年の首位打者だった、溌剌としたスイングも軽やかな俊足のヒーローに映ってしまうのだ。自分は1960年の大洋優勝はもちろん生まれていなかったので知らないんだけど、当時からファンだった人は秋山さんの活躍を50年たったいまでも、まるで去年のことのように話す。何十年に一度しか優勝しない弱いチームのファンというのは、そういうもんだ。日々の勝敗に一喜一憂しながらも、一勝すればそれをたちまち優勝した年に重ね合わせて、どんなにチームが弱くてもいつかは強くなると、何度も何度も優勝年を無限に思いだす。それをおかずに飯を三杯食べて、夢をみながら応援しているのだ。
 だから繰りかえすけれど、もし今年ロッキーズワールドシリーズで優勝したら、コロラドの人は十年たっても「2007年優勝ナインの二番セカンド」の松井稼頭央のことは、「俺たちのカズオ」としてずっと覚えていてくれるだろう。いつか彼が引退してさらに何年かたっても、まるで横浜ファンがロバート・ローズの思い出を今になっても語るように、ロッキーズの試合のあとの飲み屋で顔をあわせたファンが最後に話すのは、松井稼頭夫をふくめた2007年ナインの活躍のことになるに違いない。あの連勝のときのカズオの逆転グラスラは忘れないぜ、あいつはよく打つ奴だったな、ちっちゃくて足が速くて、目がギョロっとした可愛い顔した外人でね、今なにしてるんだい、といつまでも気にかけてくれるだろうし、日米野球かなにかのコーチとかになってコロラドの人の目にふれる機会があったら、きっと大喜びで手でもふってくれる。そしてそれ以上に、自分が小さいときの大洋はずっと弱くて、優勝したのは大きくなってからなのでわからないけれど、いま幼いコロラドの少年らの目には、優勝ナインがどれほど英雄的に映っていることだろうか?
 野茂とか佐々木とかイチローとか斎藤隆とか、メジャーリーグで成功した日本人選手は何人もいるけど、松井稼頭央はそういう意味では、いちばん最初に地元のヒーローになれた選手だ。今季のレギュラーシーズンで挙げた成績だけいえば、ヤンキース松井秀喜が.285・156安打・本塁打25・打点103・盗塁4、マリナーズイチローが.351・安打238・本塁打6・打点68・盗塁37で、松井稼頭央は.288・安打118・本塁打4・打点37・盗塁32なのだ。でも、ロッキーズファンは成績以上に松井稼頭央の活躍のことをずっと忘れないはずで、そういう存在になれた幸運な野球選手という意味では、彼のメジャーリーグは大成功だったと思う。ワールドシリーズもがんばれロッキーズ